影武者


映画好きの父親に強引に連れて行かれた映画「影武者」
あれは「スターウォーズ」が大ヒットした頃だったか、小学生だった自分にとってこの映画の長い長い3時間は地獄のように退屈だった。ひとつひとつのシーンが無駄に長く、遠くから眺めたシーンばかりでズームアップが少ない画面。だいいち派手なアクションシーンがない。合戦のクライマックスシーンでは、血のりが薄い朱赤でリアリティーがなく、当時子供心に「安い血のりだなー」と…。
しかし30年ぶりに観て気が付いた。すべて僕の間違いだったと。
あんなに退屈だった映画3時間を、2連続、合計6時間ぶっとおしで夢中で見てしまうとは…。

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殿への狙撃に狙撃シーンなし、合戦に合戦シーンなし

結論から言うと、この映画はあくまでストーリーをおはなしとして伝えようとしている。語り継がれる伝承。血のりが朱色なのも、合戦を遠くから捉えるシーンも、キラキラ光る槍も、その場のおなはしとしての美しさだと感じた。能や巻物のように。表層で場面の裏側の想像をめぐらせる日本的で上品な作風に思えた。
大事な狙撃シーンも「銃声」だけ。場面はあくまで、狙撃手本人から聞く丁寧な現場体験談から狙撃シーンを想像して暗殺に至るまでを想像する、おはなし。 スターウォーズ好きの少年には退屈するはずだよ。

戦国合戦絵巻

合戦絵巻

亡き主の影をなぞっていく、それもまた「影」

「国を盗むために、数えきれねぇ人殺しをした大泥棒!」

小銭を盗み囚われた盗人(仲代達矢)が、いくさ100万人の殺人鬼である武田信玄に向かって怒鳴ったセリフだ。無礼な言葉に殺気立つ緊張の場面。しかし、意外にもまっすぐに言葉を受け止め静かに心情を吐露する信玄。親方に相応しいその余裕、器が広い一方で自分にさえ疑いを向ける謙虚さ。男惚れしてしまった盗人は親方の影武者になることを承諾する。しかし、合戦で戦死する兵士、自分の盾となり犠牲になる家来などを目の前に傷ついていく「大悪党」を体験する彼は、主の影をなぞりながら成長し、そしてやはり傷ついていく。

黒澤明「影武者」絵コンテ

黒澤明「影武者」の絵コンテ

過去感想の誤解と気になるシーン

  • 絵巻やおはなしであるからにはリアリティーが邪魔になる点。
  • 悪夢を境に影武者本人の影がどんどん濃くなっていく様子。
  • 性格を殺す事への苦痛を訴える信玄の弟=信廉(山崎努)に対して、影武者はむしろ信玄の人生そのものへと同化していき喜怒哀楽を共にしてく点。
  • 竹丸を離れた影武者の顔がどんどん幽霊になっていく様子。

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影武者の真の正体を想像するミステリーの要素も

主人公のこの盗人は信玄でもないのに代わりを見事にやっみせていく。親方の悪夢にうなされ苦しむ主人公。本当は何者でどこから来たのか? 色んな解釈ができて楽しめた。並べると…

  • 映画の冒頭であったとおり、実は影武者は武田家の隠し子。(だとしたら才能は妥当)
  • 瓶の割れ目から盗人に乗り移った信玄の霊。(だとしたら志が断たれてしまった信玄の無念と孫への尊さ)
  • ただの盗人である。(だとしたら、主への忠誠や憧れから、主そのものへの実体験、それが実現したかしてないかが、観客の映画体験と重なり楽しめる)

影にこだわった仕掛け

冒頭、信玄との初対面シーン

特に興味深かったのは主要人物が落とす「影」のえがき方だ。
盗人として登場した影武者役の男(仲代達矢)には初め、影がない。偶然かなと思ってみていたが、やはり意図的に照明の角度を調節して影が出来ないように演出しているかにみえる。特に冒頭の信玄との初対面シーンを見てほしい(写真)。明らかに盗人にはなく、信玄本人には黒々とした影が堂々と存在を示している。まったく影のうすい人間として登場する盗人に、いよいよ信玄魂が乗り移ってくると徐々に黒い影をおとしはじめ、中盤の側室シーンでは疑いが晴れた影武者に、光は伸び伸びとした信玄の足下から頭上にのび、とうとう城の天井を歩き始めたではないか
そういった象徴的なシーンでちりばめられた、おはなしとしての物語は、遠い国から届いた長い長い絵巻を、音と時間を悲鳴と馬の足跡を想像しながらすこしづつ巻いては読み進む、そんな体験をしているようだ。

影武者のワンシーン

この映画の影の主人公、それはその名の通り「影」。影がいよいよ映画を覆うシーン。

影に訪れる別れの場面

合戦絵巻2
疑い深かった孫の竹丸との絆がどんどん深まり、最後には別れを惜しむ告白を孫側から受ける別離の場面で、おもわず無言で抱き上げるシーン。影武者としての「演技」はすでになく、完全に溶け込んでいた盗人がどんな表情で「孫」を抱きしめたのだろうか。とても重要なシーンだが心情のヒントになるはずの表情は映らない。側室をからかった時の表情か、それともやつれた悪夢の人相だろうか。信玄の遺言からまもなく3年、「成仏」を前にした信玄の魂に孫との別れが近づいていることを予感させて、目立たないシーンだがグッときてしまった。