ハリーポッターのポスター

これで、映画「ハリーポッター」シリーズ、全部見終わった。
こういったタイプの映画やドラマの結末って、ただ謎があるだけで引っぱるから、結末が曖昧でごまかしたものが多い、きっとこれもだろうなー、と疑ってたけど、グッときてしまった。

前作「死の秘宝 Part 1」がそれほど展開なかったから、大丈夫か?と不安だったが、小説の最終巻を映画版が2篇に延ばしたからかな。そこは家のTVでみてよかった ^ ^。

気になったラストのセリフ

内容についてはネタバレになるので ここでは言わないけど、気になったのは、やはりこんなに長く10年を通して8話に分けて映画化したストーリーだから、ラストのラスト、どんなセリフで映画を終わらせるかだ。
映画はラスト、魔法学校の「新入生」に対して「卒業生」が言うこんなセリフで終わった。

新入生:「スリザリン寮」に振り分けられたらどうしよう。
卒業生:そうなったら、それがお前にとってベストであるはずだ。

「スリザリン寮」とは全寮制である魔法学校にある4つの寮の中のひとつで、闇の帝王ヴォルデモートが卒業した悪名高い寮のこと。である一方、自信があり、野心家で、規律よりも信念を重んじ、高い能力のある生徒が多く卒業する誇り高い寮だ。

シリーズのなか、スリザリンの生徒は終止主人公の足をひっぱりトラブルの元となっている厄介者たちだ。(余談だが、主人公ポッター自身、野心家で、規律を乱し、闇を受け継いでいるため「スリザリン」的であると言える所が面白い。その証拠にPart 1での入学のシーンで、振り分け役がポッターに対し「スリザリンに…」と言いかけている)

そんな、生徒の性格によって組や寮を振り分けることなど、トラブルの元だし、現に劇中、多くの差別偏見を生んでいることは明らかで、学校も生徒も承知であるはず。そんな「悪制度」を、こんな危険な結末になった後であっても残し、スリザリン寮でもいい、と暗に肯定している最後のセリフ。

振り返ってみると、スリザリンは「悪」であっただろうか?

比較的善良とされていた寮出身であっても裏切りがあった反面、 スリザリン出身代表のマルフォイ家は家族と「あるじ」の狭間で信念を揺らしながらも貫き葛藤する。信念の前ではまっすぐで、家族の前では弱々しい愛ある姿だ。映画ではステレオタイプに描きがちな「善悪」だが、ここでは人間につける優劣にこそ悪が入りうると訴えている。

  • 人間vs魔法使い(人間を「マグル」と蔑む魔法使いvs魔法使いを「化け物」と蔑む人間)
  • 純血vs混血(例えば、マルフォイvsハーマイオニ)
  • 豊かな家庭vsみなしご(ダーズリーvsポッター)
  • 赤毛vs金髪(例えば、ロンvsマルフォイ)
  • 無口vs雄弁(スネイプvsジェイムズ※ポッターの父)

映画は上記ありとあらゆる偏見のなかで物語が進むなか、同じ魔法使いの中でさえ、血統や混血によって優越感、劣等感をうんでいる。母子家庭をもつ作者K・ローリングの辛い体験が凝縮しているのか、ファンタジーのオブラートにつつんではいるが児童文学とは思えないリアルっぷりだ。(そんななか、Part 6の日本の劇場版タイトルが「混血のプリンス」から「謎のプリンス」に変更されたのもリアルで起こった興味深いハプニングだ。映画版英語タイトルは「the Half Blood Prince」)。

偏見は悪い事だとどんな映画、テレビ、ニュースでも簡単に言う。
野心的で、学力以上に人間の能力を高め、いつまでもモチベーションの火を維持したいなら、敢えて偏見を受ける場所に身をおくといい。偏見の中心で育ち大人に成長した主人公のスリザリン性が最後そう言っているような気がした。